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2020.09.20

緑の分岐点 植木理子選手編

「スピードスターが貫いた“誰よりも頑張る”スピリット」

 

 植木理子には、変わらない信念がある。

 

「うまい選手はたくさんいて、技術では勝てない。その分『頑張る』ことだけは絶対に負けないようにしようと思っています」

 

 幼い頃から走ることが大好きで、速かった。その脚力が最大の魅力だ。野球やテニス、水泳など様々な競技で運動能力を培い、なでしこジャパンがW杯で優勝した2011年、小学5年時に本格的にサッカーを始めた。転機はその2年後に訪れる。

 

「初めてサッカーを教わった女性コーチの勧めでセリアスのセレクションを受け、合格した時に、『チャンスだから行け』と背中を押されたんです」

 

  セリアスの上にメニーナがあり、ベレーザに入れば、その先の道は世界へと続く可能性がある。“上には上がいる”ことを常に意識できる環境が非凡な潜在能力を引き出した。中学3年時には主将として全国優勝を達成。メニーナに上がった高校1年時に関東女子リーグで得点王になり、翌年、ベレーザのカップ戦で途中出場すると、いきなり4戦連続ゴール。鮮烈なデビューを果たした。

 

「あの頃は怖いものがなかったです。途中から出てやるべきこと(得点)がはっきりしていたので、伸び伸びプレーさせてもらいました」

 

 

 守備も全力で食らいつき、ボールを持つと迷わず仕掛け、ゴール前では恐れず飛び込んでいく。18年のU-20W杯では、緩急を使ったドリブルやコンビネーションからの多彩な5ゴールで世界一に貢献。潔く、挑戦的なプレーでフル代表でもジョーカーの存在感を発揮し、翌年のフランスW杯メンバー入りを果たした。だが、120%のプレーで結果を出し続けてきた植木に、サッカーの神様は過酷な試練を与えた。メンバー発表後のリーグ戦で負傷し、W杯直前に離脱を余儀なくされたのだ。

 

「大事なタイミングでケガをしてしまったことが悔しくて、情けなくて。何日も泣いていました」

 

 約3カ月のリハビリを終えて、目標を東京五輪に切り替えた。そして、昨年はキャリア最多のリーグ戦8得点。「あの悔しい思いを力に変えて、ゴール重ねることができました」。重要な試合で点を取ることを目指してきた中で、植木自身が最も印象に残るゴールは、昨年10月のINAC神戸レオネッサ戦。総勢18名の代表候補が出場した中で終盤からピッチに立ち、終了間際の逆転ヘッドで4,496人の観衆を沸かせ、それが逆転優勝への呼び水にもなった。

 

 今季は背番号「9」を託された。先発でピッチに立ち、ビルドアップでの関わりも求められている。

 

シーズンの初めは気負ってしまい、考えすぎて逆にゴールへの意識が薄くなっていたと思います。すべてのプレーがゴールに繋がるように試行錯誤して、ゴールに関われるようになってきました。背伸びせず、地に足をつけてやっていきます」

 

 挑戦の先に、新たな飛躍のチャンスが待っている。