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2021.07.27

『YOUTHFUL DAYS』vol.5 山下諒也

『YOUTHFUL DAYS』vol.5 山下諒也

 

プロの厳しい世界で戦う男たちにも若く夢を抱いた若葉の頃があった。緑の戦士たちのルーツを振り返る。

取材・文=上岡真里江

 

“ジュビロ黄金期”に磐田で生まれ育つ

 

ジュビロ磐田が2ndステージ初優勝を遂げて間もない1997年10月19日、まだ興奮冷めやらぬ地元・静岡県磐田市で山下諒也は生まれた。静岡はもともと日本屈指の『サッカーどころ』として名高い土地柄だ。そのうえ、現役ブラジル代表主将のドゥンガを中心に、中山雅史、藤田俊哉、名波浩らを擁し、その後の数年間、後世に語り継がれる“黄金期”を築いていくジュビロの存在によって、磐田の少年少女たちのサッカー熱は自然と高まっていた。

 

山下もそんなサッカー少年のひとりだった。通っていた小学校が地区ごとの集団登校だったため、毎朝決められた時間に公会堂に集合していたのだが、山下の地区はまた特別だった。「みんな集合時間よりもだいぶ早く来て、必ずボールを蹴ってから学校に行くというのが日課でした。登校中も、『じゃあ学校から帰って、16時ぐらいから公会堂にみんなで集まって試合しようぜ!』と決めて、ボールが見えなくなるまでサッカーをして遊んでいました」

 

 

幼稚園の頃からフットサルチームに所属していたこともあり、地区の友だちとのサッカーでは、小学校1年生の時から目立つ存在だった。活躍できたからこそ、その魅力にどんどんハマっていき、「本格的にサッカーを習いたい」と小学校3年生の時にジュビロ磐田のサッカースクールに通うことを決めた。今、改めて思い返しても、周囲には常に“サッカー”が存在した。静岡・磐田で生まれ育った環境こそが「運命的だった」と思わずにはいられない。

 

その後、ユース時代までジュビロのアカデミーで過ごしたが、今でも忘れられないのが中学3年生の最後の試合で味わった敗戦だ。高円宮杯で、当時『最強』と評されていたガンバ大阪ジュニアユースと対戦。「相手があまりに強くて、ウチのチームは試合前から『勝てるわけない』という雰囲気になっていて。僕はそういうのが本当に嫌で、自分だけは『絶対に勝てる』と思って試合に挑みました」。結果は2−3、他のチームと比べれば一番惜しい試合をしたが、だからこそ、チームが最初から「無理だよ」と諦めムードで臨んでしまったこと。そして、「勝てる」と信じつつも、それを実現できなかった自分自身が無念でならなかった。

 

 

個人的にも衝撃な出来事があった。堂安律(現アルミニア・ビーレフェルト/ドイツ)とのマッチアップだ。「ひとつ下なのに、レベルが違ったんですよ。僕は当時からドリブルには自信を持っていたんですが、全く抜ける気配がなくて。『上には上がいるなぁ』と感じつつも、『絶対にさらに上に行ってやる』と思いました」。あまりの悔しさに、この屈辱を忘れまいと「しばらくはその試合の日付をパスワードにしていた」という。その後、堂安選手との再会の機会は訪れていないが、近い将来、必ず同じフィールドに立ち、ともに日本を背負って戦うことが、今の山下の一つの目標になっている。

 

ネイマールへの憧れと、意外な共通点

目指す理想の選手像は、早い段階から決まっていた。小学校6年生の時にブラジル遠征で出会ったネイマール(現パリ・サンジェルマン/フランス)だ。現地の名門サントスの練習見学や、所属選手との食事会で触れ合った5歳年上のスーパースターの一挙手一投足に完全に魅了された。

 

 

「練習でボール回しをしている時とかは心からサッカーを楽しんでいて、試合になった瞬間、急にスイッチが入って『勝つために戦っている』という戦闘モードになる。そのオーラとプレーの質の高さに、はるか遠い存在だと思いながら見ていました。なのに、食事の場などピッチを離れると、めちゃめちゃ優しくて、面白くて、僕たちにも笑顔で話しかけてくれる。そんな姿がなんだかすごく『身近な人だな』と感じられて、そのギャップが小学生の僕から見ても本当にかっこよかった。その時、『自分もこうなりたいな』とはっきり感じました」。その思いは今も全く変わっていない。

 

 

 “ギャップ”という部分は、山下自身の中にも存在しているようだ。「僕は私生活で怒ったりすることほぼないんですが、サッカーになると違う自分になって、悔しさとか、『絶対に負けたくない』とか、いろんな感情が出てくる。自分でも不思議ですし、よく周りの友だちなどからも、『サッカーになると人が変わるよね』と言われてきました」

 

試合で相手と揉み合いや言い合いになることもあるが、映像などでそれを見返すと、「俺、なんでこんなにイライラしているんだろう?」と不思議でたまらないのだと笑う。ただ、物心ついた頃から、ずっとサッカーを楽しんできたし、サッカーを楽しんでいる自分が好きだった。自分を虜にした“サッカー”の中で、熱い感情を素直に爆発させることができる一面を実は気に入ってもいる。

 

山下にとってサッカーの一番の魅力は、「点を取った後の主役になれる感じ」だという。そしてゴールを決める喜びを教えてくれたのが、サッカーと両立して続けていたフットサルのブラジル人コーチだった。「点を取るたびに、そのコーチが思い切り喜んでくれるのがうれしくて。その姿を見ると、自分の喜びもさらに大きくなる。自分の中で、その喜びが気持ちの財産になっていって、思い出になっていく。それがモチベーションにもつながっていくと思うんですよね。だからこそ、喜びをかみ締めるということは、ものすごく大事だなと思います」

 

サッカーはチームスポーツだけに、「ゴールは誰が決めてもいい」という価値観を持つ選手もいる。だが、自分はFWだ。点を取ることが一番の仕事である以上、ゴールに対しては誰よりも強い思いを抱いている。「僕のゴールでチームが勝って、みんなが喜んでいる姿を見ると、最高にうれしいんですよね。逆に、ゴールが決められなくて、チームが負けてしまって、チームメイトやサポーターの皆さんが悲しんでいる姿は見たくない。みんなを喜ばせるためにも、自分が点を決めて勝ちたいという気持ちが強いです」

 

実は昨年プロになってから、試合前に不思議な感覚に襲われることがあるという。アップ前に芝の様子を確認するためにグラウンドに出ると、「ヒラヒラしているゴールネットを見て、『今日、このネットを揺らしている』という予感がする日があるんです。でも、それは絶対に口にしちゃいけないんですよ。誰かに言ってしまうと叶わなくなっちゃう。なので、誰かに言いたい気持ちを抑えている時があります(笑)」。過去に数回、つい口に出してしまい、決められなかった失敗がある。「そういう気持ちは我慢して自分の中だけにとっておかなければいけないなと思いました」。さて、果たして今日はその予感はあるのだろうか?

 

昨季、1年目にしてチームトップの8ゴールを決められたことは、かけがえのない自信となった。2年目を迎え、「今季はチームにプラスになる存在で終わるのではなく、チームを勝利に導けるプレーヤーにならなければいけない」と、強い自覚を持って試合に挑んでいる。

 

チームメイトの、そしてサポーターの喜んでいる笑顔を見るために、今日もがむしゃらに、ひたむきに、ゴールだけを目指す。