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オフィシャルマッチデイプログラムWeb連動企画(9/8)鈴木智幸

第17回 鈴木智幸

 

 

『土肥洋一氏の一挙手一投足が僕の教科書だった』

 

文=上岡真里江(フリーライター)

 

 

気がつけば、12年目のシーズンを過ごしている。

 

「今、GKでプロになるのが難しい中で、こんなに長くやれるとは思ってもいなかったです」

 

“自分でも予想外だった”と、鈴木智幸は正直に認める。それを可能にしてくれたのが他でもない、ヴェルディだった。

 

「ヴェルディでプロ1、2年目を過ごしたことが本当に大きかった。レベルがすごく高い人たちと一緒にやる中で、プロという世界の厳しさがよく分かった」

 

GKコーチに菊池新吉氏、レギュラーGKには元日本代表の土肥洋一氏が座り、高木義成氏、柴崎貴広と年齢、実績とも、最高のバランスで形成されていたGKファミリーの中に、その一員として加わった。

 

浦和東高校時代はU-18日本代表、国士舘大学時代は全日本選抜など、アンダー世代での確かな実績を引っ提げてJリーグの門を叩いた。しかし、その自信はあっという間に打ちのめされた。

 

「何一つ、全く手も足も出ませんでした。とにかく毎日、先輩たちに付いていくだけで精一杯。その中で、なんとか何かを吸収しようと必死でした」

 

三者三様。個性豊かな先輩たちから、それぞれいろいろなことを学んだ。特に技術面では、土肥氏の一挙手一投足すべてが教科書だった。

 

 

「何をやるにしても、レベルが全然違っていました。まず、『こんなに簡単にシュートをキャッチングするんだ』と衝撃でした。そこから土肥さんと同じ位置どりをしたりして、見え方の違いを考えたり、一つひとつを模索していくことで、自分にとってのいいポジショニングが見つかってきました」

 

当時は、今以上にキャッチングが重要視されていただけに、「弾くところとキャッチするところの使い分けには強くこだわっていました。キャッチできればマイボールになって攻めることができるところを、簡単に弾いてしまってCKにするのはもったいない。だからこそ、キャッチングをより深く突き詰めるようになりました」。

 

さらには、「自分たちが攻めている時のDFの配置、クロスが上がってきた時の首の振り方、タイミングなど、見ているところが違いました。土肥さんの目の動きなどを見て、本当に勉強になりましたね」。コーチングでもできるだけ簡潔に伝えるなど、今現在の自分のプレースタイルとして組み込まれている部分も少なくない。

 

また、高木氏や柴崎からは、試合に出ていない状況でのメンタルの保ち方、日々の練習での立ち居振る舞いなど、なかなか出番が巡ってこない特殊なポジションならではの大事なことを教わった。

 

「GKは一つのファミリー。僕たちGKの失点に対する葛藤、勝てない時の苦しさというのは、きっと皆さんが思っているほど軽いものではありません。命を削られる思いというと少し大袈裟かもしれませんが、ボールがネットを揺らす音、アウェイだったらゴールの瞬間に流れる音楽や絶叫に、胸を鷲掴みにされるような感覚なんです。それは試合に出ているGKだけではなくて、出ていない立場の選手にとっても同じ。あの時、義成さん、シバくんが、そういう部分もしっかりと練習から見せてくれていて、本当に4人ともピリピリしたムードで切磋琢磨しながらやれていたと思います」

 

プロ1、2年目、「僕としては試合に出るイメージが全くなかった」という。だが、それは決して後ろ向きな意味ではない。むしろ、「下手は下手で『やってやる』という気持ちでやっていましたし、シュート練習などでしっかり食らいついて、一つ止めたりすると、新吉さんや土肥さんから『それ忘れるな』とか、『その手の出し方、体の運び方、良かったぞ』と言われて、それだけでうれしかった。そして『今のでいいんだ』と思って練習をやっていくことで、自ずとうまくなることができました」。着々と成長への手応えを掴んでいったのだった。

 

だからこそ、4年目を迎えたところで、次へのステップを踏み出せた。試合に出られる保証はなかったが、栃木SCへ移籍し、今の自分がどのぐらいの力なのかを確かめたかった。「これで何もできなかったら、自分はそこまでの選手だなと思っていました」。鈴木にとって、大きな覚悟をもっての挑戦だった。

 

実際、栃木での4年間は、ヴェルディにいたままでは経験できなかった、試合に出る中での経験値を積むことができた。

 

特に4年目は、キャリア最高のリーグ戦30試合に出場。その中で、「『負けたけど、自分は2点分ぐらいは止めたかな』みたいな、自分だけ活躍すれば、それはそれでOKみたいな考え方はもうやめようと思うようになりました。もちろん、ポジションを明け渡したくない気持ちはありますが、ギラギラし過ぎてGKの中でギスギスしてしまったら、他の選手に応援されなくなってしまう。僕自身、身内から応援されなくなったら終わりだと思っているんです。だってそれはチームには確実に伝わりますし、試合に出ているからには、出ていない選手の気持ちもしっかりと汲まなければいけないという責任感を持って試合に出られるようになりました」。

 

改めて思えば、その心境こそまさに、鈴木が1、2年目に羨望の眼差しで見ていた土肥氏のそれと重なるのではないだろうか。

 

味方に応援されるGKであり、味方を応援できるGKであれ。それこそが、12年間という長きにわたり、プロとして生きていく秘訣であり、ヴェルディで最初に学び、今、再び身を置くヴェルディで後輩に伝えていきたいことである。

 

「本当にヴェルディに入って良かったし、あの2年間が今の僕の始まり。他のチームに行っていたら、新吉さんや土肥さんとやることは絶対になかっただろうし、毎日フッキのシュートを受けられることもなかった。僕は本当に幸せだと思います」

 

まだまだ道半ば。今季リーグ戦では出場機会は巡ってきてはいないが、悲観する気持ちは微塵もない。むしろ、12年間で今が一番うまくなっていて、この先キャリアを積むごとに成長していくと胸を張れるのは、訪れる日、一日を後悔なく過ごしているからに他ならない。

 

「(10歳下の)ハセ(長谷川洸)より動けなくなったら引退しようと、今は決めています。その意味では、まだできるかな(笑)」

 

いつ何時、チャンスが巡ってくるか分からない職業。それがGK。「スズなら任せられる」という信頼を得続けるために、これからも日々、最高の準備とパフォーマンスを自らに課していく。