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2020.08.18

緑の十八番(オハコ) 澤井直人選手編

マッチデイプログラム企画『緑の十八番』

 

澤井直人 選手

 

文=上岡真里江(フリーライター)

 

己の力が「劣っている」と、現実を潔く受け入れることで拓ける未来がある。澤井直人はいま、それを証明すべく、自らと懸命に闘っている。

 

ジュニアからユースまで一貫して東京ヴェルディのアカデミー育ち。「ヴェルディのアカデミー出身の子は、足元の技術がめちゃくちゃ高い」。サッカー界では定説とも言える評判に漏れず、澤井もまた「テクニックのある選手」と評価され続けてきた。当然ながら、本人もそこに絶対の自信を持っていた。

 

「ユースまでは技術を武器に、自分の思い通りにプレーできていました」

 

 

ところが、いよいよトップ昇格が本格的に見え始めた高校3年生の時、その自信は揺らぎ始めていく。練習参加させてもらえるようになったトップチーム(2013年)のレベルの高さが、あまりにも衝撃だった。「飯尾(一慶)さんや森(勇介)さんなど、間近で上手い選手を見て、『これはちょっとヤバいな』と。自分が昇格した時に、このチームの中で一緒にプレーしているイメージが全然わかなくて……。『このままではマズい』と思いました」。それまで絶賛され、自慢としていた技術力が通用しない。焦りと危機感を抱いてのプロ入りだった。

 

その不安は、すぐに露呈された。2014シーズン開幕戦、試合終了間際の残り1分の場面でデビューを飾ったが、過緊張状態であったとはいえ、イエローカードを受けるほどに空回った。以後、第19節までベンチ入りすらできなかった。

 

だが、結果としてこの期間が最高の財産となる。

 

メンバー外の日々が続く中、厳しい現実にじっくりと向き合った。「プロには僕よりも上手い人が山ほどいる。技術はもちろん大事な部分だけど、そこだけで勝負したら絶対に勝てない。だとしたら、それ以上の自分の持ち味として、何を武器にすべきか?」

 

答えは、毎日の練習の中で自然と見えてきた。チームには、同じヴェルディのアカデミー出身選手が多数揃っている。一つの傾向として、圧倒的なテクニックを身につけている一方、「ヴェルディユースの選手は『献身性や運動量が足りない』と言われることが多い。逆に、僕はそういった泥臭さを出せる部分を売りにしたほうが、チームにとって良い方向に進むのかもしれない」。進むべき道は決まった。

 

もともと、アカデミー時代の恩師でもあった冨樫剛一氏(2014シーズン途中から2016シーズンまで監督)からは、「スペースを見つける能力やスペースに走り込む能力には自信を持て」と言われてきた。その長所を“澤井直人といえば”の代名詞にするため、運動量を新たな武器として選んだことは、むしろ得策だったと言えるかもしれない。

 

一言で“運動量”と言っても、無尽蔵に走れるスタミナをつけるという意味ではない。追い求めているのは、「攻守において、ボールに関与する回数を増やす」ための運動量だ。天賦の才でスペースを見つけられても、そこを有効に使うためには運動量が必要不可欠になる。「そのスペースに走るスピード、タイミングも大事ですし、回数も必要です。1回でボールが出てくればいいですが、そんなに上手く出てくるわけではない。何回も走ることで、ボールの出し手との関係が作れて、引き出せるようになることもある。運動の量と質にはこだわっていますし、まだまだ磨く必要がありますが、自信は持っています」。プロ3年目の2016年、チーム2位タイの6ゴールを記録したことで、自信はより深まった。

 

永井秀樹現監督も、スペースを見つける才能と攻守に渡ってボールに関われる運動量を高く買い、「得点王にもアシスト王にもなれるポジション」と位置づけるサイドアタッカーでの起用を主としている。

 

ケガも重なり、2017年以降は思うように出場機会が得られていない。今季もリーグ戦再開後は前々節、前節の2試合、いずれも途中出場のみ。また新たな壁にぶつかっているのが現状だが、前回同様、澤井は厳しい現実から絶対に目を逸らすことをしない。「近年、武器である運動量の部分が練習でも試合でも出せていないと、自分でも思うんです」。原因もはっきりと自覚している。「迷いながらプレーしている」からだ。

 

自身も認めるとおり、どちらかといえば感覚でプレーするタイプ。加えて、非常に真面目な性格な澤井にとって、ポジショニングやボールの動かし方など、全員がしっかりと頭を使うことで美しい調和を生む永井監督のサッカーは、「考え過ぎ」を生んでしまっていた。迷いは“一歩目”を鈍らせる。その瞬間の判断の遅れが、すべてのプレーの歯車を狂わせていた。

 

自身の現役時代から技術指導し、成長をサポートし続けてきた永井監督が、その様子を看過するわけがない。ケガから完全復帰を遂げた8月4日の練習後、個人的に呼び止められ、あらためて助言を受けた。

 

 「確かに、俺のサッカーは頭を使わなければできない。でも、お前の場合は考え過ぎだ。俺のためにやろうとしてくれているのは十分伝わっているから。それを抜きにして、もっと楽に、自分が今までやってきたことを信じて、直感でやれ」

 

おそらく、指揮官があえて直接伝えたこの言葉の中には、「もう意識して考えなくても、お前の中には正しい判断力は備わっている。思った通りにプレーすればそれが正解だ」というメッセージが込められているに違いない。25歳のMFもそれを感じ、心も頭もだいぶ整理されつつあるという。

 

実は澤井にはもうひとつ、プレー意外で永井監督から直々に鍛え上げられた最強の武器がある。舞台度胸だ。まだ現役選手だった永井監督とピッチ内外で行動をともにしていたプロ1年目、取材に来ていたメディア陣の前で「澤井、アレをやって」とリクエストされ、プロレスラー武藤敬司氏の『プロレスLOVEポーズ』を披露し、ただただスベっていたのは一度や二度ではない。それでも、「ありがたい」と続けるうちに、どんな場にも臆することなく立てるようになり、今では「どんなに人数がいようが、どんな場所だろうが、無茶振りでも、振られればやれます!」と断言するほどの対応力が備わった。

 

 「思ったとおりにやればいい」。言葉どおりに捉えれば簡単なことのようにも思えるが、澤井にとっては決してそうではないという。「それが、あんまりできないんですよ(笑)」。しかし、「このタイミングが、自分を変えられる大きなチャンス」という確かな予感も感じている。

 

あとは、真摯にサッカーに取り組んできた今までの自分を信じるのみ。運動量と舞台度胸を武器に、気を遣いすぎず、感じたまま、体の動くまま、思う存分“澤井直人”を爆発させるだけだ。