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2020.10.02

緑の十八番 井上潮音選手編

マッチデイプログラム企画『緑の十八番』

井上潮音 選手

文=上岡真里江(フリーライター)

 

「今年の井上潮音は一味違う」

 

2020シーズン、アカデミー時代の活躍に魅せられ、大成を信じ続けてきた人々は、その明らかな変化に何度も何度も溜飲が下がっているに違いない。それほどまでに、今の井上のパフォーマンスからは伝わってくるものがある。

 

向上の要因は『走力』と『献身性』。実はこの二つこそ、プロ入り後に初めてぶつかった壁の正体でもあった。

小学校低学年の頃からボール扱いの巧さは群を抜いており、東京ヴェルディジュニアに入ってから、そのテクニックはさらに研ぎ澄まされていった。本人も「トラップやパスなど、ボールコントロールは得意」と今も絶対の自信を持っており、その武器とともにプロの世界まで上り詰めた。圧倒的な技術力を持つゆえに「アカデミー時代は挫折したことがなかった」ほどだ。

 

しかし、テクニックだけで突出した活躍ができるほどプロの世界は甘くない。自分のすべてを熟知してくれているアカデミー時代の指揮官、冨樫剛一監督がトップチームを引き継いだ経緯もあり、プロ入り2年目まではケガ以外では常に主力の一人として試合に絡めていた。ところが、3年目の2018年、就任2年目を迎えたミゲル・アンヘル・ロティーナ監督の下で、「今のままでは通用しない」と厳しい現実を突きつけられた。

 

負傷離脱以外での試合メンバー外は、サッカー人生で初めて味わう屈辱。あからさまに不平不満を態度に出し、試合に出られないことを環境や他人のせいにした時期もあった。周囲に諭され、アドバイスを受け、「結局、原因は自分にある」とベクトルを自分に向けられるようにはなったものの、“これ”という打開策は見いだせないままでいた。

 

2019年7月、永井秀樹監督体制になってからは、その悩みはさらに深刻になっていった。そのテクニックとスキルを認めてもらい、指揮官がまだ現役だった頃から連日、全体練習後の自主練習で直接アドバイスを受けてきた間柄だけに、信頼関係は非常に強固だ。だが、立場を監督へと移した大先輩が、本気で“戦力”として求めてくるレベルは高く、チームとして目指す戦術の緻密さも半端ではない。井上のポテンシャルの高さと将来性を熟知しているからこそ、闘争心、技術、運動量、戦術理解、心技体頭のすべてを、人一倍厳しく求められている。

 

先発起用されても、パフォーマンスが悪ければあっさりと前半で交代させられる。練習中に全員の前で怒鳴られることも珍しくないという。「僕も人間なので、嫌だなと思う気持ちはあります」。それでも、「どこが足りないのかをしっかりと教えてくれますし、何より、僕のことを考えて言ってくれている人だと思うので、素直に受け入れるべきだと思っています」。どんなに厳しい叱咤でも、すべて「自分のためを思ってのこと」だと感謝へ変えられているのは、絶対的な信頼関係が存在しているからこそだ。

 

昨年11月、なかなか恩師の期待どおりのパフォーマンスができず、伸び悩んでいる自身の現状に対し、井上は次のように話していた。

 

「このままだと本当に、J2とか、さらにその下のカテゴリーの、ただ“うまいだけ選手”で終わるという危機感は、自分の中でもあります。ここから“良い選手”になって、J1でプレーし、日本代表に選ばれるためには、自分が一皮剥けるしかない。

 『こうなりたい』、『A代表に入ってワールドカップに出たい』という思いはこれまでもありましたが、漠然としすぎていて、本気で思えていないというか、思っていても行動に移せていないのが今の自分。それじゃあ『なれるわけないよな』という感じ。もう一段階上に行きたいと本気で思うのであれば、『こうなりたい』という気持ちをいかに強く持って、真剣にサッカーと向き合うか。今後変われるか、変われないかは自分の取り組み方に懸かっていると思います」

 

頭では以前から十分に分かっていた。それでも、実際に行動に移せなかったのは、「『やっぱりいいや』、『これぐらいでいいか』と思ってしまう、僕の悪いところ」が招いた結果であることもまた、本人が誰よりも自覚していた。人間、性格を変えるのは、決して簡単なことではない。自分が変わるための「きっかけ待ち、みたいなところがある。それも良くないですよね……」と、素直な胸の内を明かしていた。

 

それから間もなく、願ってもない“きっかけ”が訪れる。与えてくれたのは言うまでもない、永井監督だ。2019年のリーグ最終節、ベンチスタートだった井上はラスト15分だけピッチに立ったが、その試合を振り返る後日のミーティングの際、名指しで徹底的に怒られた。さらに後日、練習中に走力測定が行われたが、結果はまさかのビリ。「もう泣きそうになるぐらい、めちゃくちゃ怒られて……」。怒られたことももちろん、欠点を最下位というはっきりとした数字で証明されたことで、より一層悔しさと危機感が込み上げてきた。

 

「あそこまで怒られたことはなかったですし、本当に、本当に悔しくて、オフに入ってからとにかく走りました」

 

その成果はすぐに表れた。年が変わり2020年、オフ明けに行われた同じ走力測定で、今度はチーム全体で2位の数字を叩き出した。「自分でもビックリしました」

 

「何としても変わってやろう」という覚悟は、“井上潮音”の一挙手一投足すべてを変えた。その変化を、永井監督が見逃すはずがない。

 

「技術はもともと誰よりもある選手。加えて、我々のサッカーの“質”というところのひとつに、“タイミング”がある。コロナ自粛明けぐらいから、その“いつ、どこに”というものの理解が上がってきたと感じます。何より『献身性』が高まった。特にスプリント量を見れば、彼の懸ける思いが伝わってくる。昨年は、自分がどうプレーするか、どう良いパフォーマンスを出すか、ということだけを考えていたのが、今の潮音は自分だけでなく、人のため、チームのために何ができるのかも考えながらプレーできています。間違いなくプレーヤーとしての幅が広がった」

 

『献身性』については井上自身も、「体力を使うのは、自分のためではなく仲間のために」と、意識が完全に変わったことを自覚している。「チームを直接勝ちに導くこともすごく大事ですが、自分が仲間の分まで走って、守備をして、それが勝ちに結びついたとか、目に見えない部分でチームに貢献する役割にも、最近すごくやりがいや楽しさを感じています」。

 

振り返れば、「楽しい」が井上のサッカーのすべてだった。誰もが羨むほどの高いテクニックについて、本人は「努力したという感覚はない」と言うが、「好きで楽しいから」という単純な理由で、ボールに触れていた時間は誰よりも長かったという。登下校時は常にネットに入れたボールを蹴りながら歩いた。学校の休み時間もサッカーをし、放課後は暗くなってボールが見えなくなるまで毎日公園でサッカーに没頭した。小学校3年性の頃には、近くの公園でサッカーをする中学生の中に混ぜてもらい、そこで通用する喜びから、一層サッカーにのめり込んでいった。家に帰れば、室内用の柔らかいボールを触り、弟とPK合戦をしては親や近隣住人から苦情をもらった。それくらい、とにかくサッカーが楽しくてたまらなかった。

 

一度「好き」や「楽しい」と思えたら、徹底的に没頭できる性格を持っている。「目に見えない貢献」に喜びや面白さを見出した以上、そこに対しての追求は、誰に言われることもなく、自ら進んで掘り深めていくに違いない。

 

「今年は、これまでのように技術を褒められるのではなく、それ以外の部分で評価してもらえていることが多いと感じます。そこはひとつの成長だと思っています」。他の才能が磨かれることで、テクニックという絶対的な武器もまた、さらに鋭さを増すことだろう。

 

 「変わった自分を見てみたい。その時、自分がどの立ち位置にいるんだろうと思ったら、すごく楽しみ」。そう話していた昨年の井上の目に、今の自分は果たしてどう映るだろうか。

 

昨年までとは、間違いなく変わっている。殻をひとつ破った今、その先にはまだまだ想像もできないぐらい大きな未来が待っている。自らの将来は、自らの力で切り開いていく。