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2020.10.17

緑の十八番 佐藤優平選手編

マッチデイプログラム企画『緑の十八番』

 

佐藤優平 選手

 

文=上岡真里江(フリーライター)

 

「もっと早く出会いたかったなぁ」

 

整った顔を崩すように左目を瞑り、残念そうに苦笑するが、その表情からは溢れんばかりの充実感が伝わってくる。佐藤優平の心をこれほどまでに満たしてくれているのは、永井秀樹監督だ。ヴェルディ黄金期の象徴の一人とも言える存在との人生の交錯は2019年7月、プロ7年目のシーズン途中に突然訪れた。『ヴェルディの王座奪還』、そして『日本サッカーの強化・発展』のためにと、現役時代から人生を懸けて追求している指揮官のサッカー哲学に、佐藤は身も心も陶酔した。

永井監督の指導の下、自身が理想として思い描く「ボールを大事にし、相手を圧倒、圧勝、圧巻するサッカー」を、1ミリもブレることなくチームとして目指せていることに幸せを感じずにはいられない。

 

「本当に出会えて良かった」

 

2018年、東京ヴェルディへの移籍を決断したのは、「綺麗で、美しい、というサッカーの醍醐味を味わえるチームで、ファンを魅了するサッカーをしたい」という強い思いからだった。加入1年目は守備に重きを置くミゲル・アンヘル・ロティーナ監督、2年目は攻守にわたって自由度が高いギャリー・ジョン・ホワイト監督と、独自性が強く、ある意味で佐藤が思い描いていたスタイルとは違ったサッカーをする指揮官の下でプレーしたが、その中で佐藤が感じたのは、「このチームには、“ヴェルディ”というスタイルがある」ということだった。

 

「それは、自分たちが築き上げたものではなくて、時代を作ってきたOBの方々が築き上げたもの。しっかりとした“色”があるから、ヴェルディはその色を消してまで、他のサッカーをしようとしていない」

 

どれだけ監督が替わろうと、選手が替わろうと、時代が変わろうと、決して失われることがない、“soul(ソウル)”ともいえるスタイルがある。これまで、横浜F・マリノス、アルビレックス新潟、モンテディオ山形と、いくつものクラブに身を置いたからこそ、その特異さをひときわ感じてきた。

 

そして、昨季途中からは、その“色”を作ってきたひとりでもある永井監督が指揮官に就任したことで、混じり気なしのヴェルディカラーの中でプレーすることとなった。それはまさに、佐藤が東京ヴェルディに来た目的が叶えられた瞬間でもあった。

 

立ち位置、ボールの動かし方、スペースの生み出し方など、決まり事の多い戦術を理解するのに苦労する選手が少なくない中、佐藤はそれをいち早く習得した。長年「つなぐサッカーを貫きたい」との理想を追い求めてきた男は、水を得た魚のごとく、これまで以上に生き生きとピッチ上を躍動するようになった。

 

中でも、今なお磨き続けている「止める、蹴る」の基本技術の高さが身を助けている。その精度は誰もが認めるところだが、佐藤は決してそれを『武器』や『十八番』とは表現しない。あくまでも「プレーの中で特に意識して大事にしていること」にとどめるのみ。だが、そうした『得意』を意味する言葉を使わないところにこそ、彼のテクニックへの並々ならぬこだわりと向上心が溢れている。

 

佐藤の「止める、蹴る」への意識の高さを聞いて、“永井選手”のかつての姿が自然とリンクした。東京ヴェルディに復帰した現役時代晩年、全体練習後に若手選手を集め、「技術の向上に終わりはない」とその重要性を説き、手取り足取り伝えていたあの時の姿だ。「永井さんのサッカーにおいては、特にそれ(止める、蹴る)が大事。それができている選手が、今のサッカーを表現できているのかなと思います」。身につけたスキルの価値を佐藤自身があらためて実感している点からも、通じるものがあることは明白だろう。

 

J1の名門横浜F・マリノスのアカデミーで育っただけに、当時から基本技術にこだわってきたかたと思いきや、意識して練習するようになったのは意外にも国士舘大学時代だという。もっと言えば、重要性を理解しながら特化して取り組むようになったのは、プロに入ってからだ。

 

「プロはプレッシャーも激しいので、一個のミスで寄せられたりする。自分の間合いでプレーできないことも多く、いかにミスをしないかが大事だと思ったのがきっかけです」

 

以後、キャリア8年目を迎えた今も、時間を見つけては基本技術の向上に勤しむ。

 

「練習しかないから。特に自分はスピードのある選手ではないので、ワンタッチで決まるかなと思っています。ワンタッチ目でミスをしても、ツータッチ目で修正するという練習も大事。自然に見えるぐらい体に染みつくまで、徹底的に練習することが大事です」

 

『基本があってこその応用』とはよく言ったものだ。こうした基本技術の確かさに裏付けされているからこそ、パスの精度もまた、正確かつ独創的だ。加えて、高い戦術理解力、国士舘大学で徹底的に鍛えられた走力と、サッカー選手に必要な要素をすべて兼ね備えている。

 

永井監督も賛辞を惜しまない。

 

「我々のサッカーをする上で欠かせない心臓部のひとり。このサッカーを非常に理解してくれていて、ポジション取りも早い。優位性、相手のギャップを見逃さない目も持っていますし、何よりそこにパスを通せる高い技術があります。さらに、スタートから出ても、途中からでも、流れを変えてくれる。チームの中盤でテンポを変えられるのは唯一優平だけ」

 

これほどの評価を受け、数字でも5ゴール5アシスト(第26節終了時点)と、どちらもチーム2位の成績を誇っている。しかし、本人は決して納得していない。

 

「去年と違って、過程を作るのが下(センターバック 、サイドアタッカー、アンカー)の選手たちで、最後の仕上げをするのが自分たち(フロントボランチ、ワイドストライカー、フリーマン)なので、過程に参加しない分、仕上げのところではもっと結果を大事にしないといけない。そう考えると、得点数もアシスト数も足りない。実際、どちらもチャンスは多いから、この数字(成績)は精度が低いということなんだと受け止めています」。いかに決定的な仕事ができるかに、己の存在価値を問い続けている。

 

見据えているサッカー選手としての将来像を尋ねると、「このサッカーをヴェルディに染み込ませることが、今試合に出ている自分たちの役割かなと思います」という答えが返ってきた。個人の目標ではなく、後継に何かを残したい、伝えたいという思いに至ったのは「初めてのこと」だという。

 

気がつけば、在籍3年目。東京ヴェルディは自身のキャリアの中で、最も長く籍を置くクラブになった。2018年の加入時、「日本で最初にプロサッカークラブとして成り立ったチームをどこに持っていけるか。それが自分の目標」と、早くからクラブに名を刻む覚悟を口にしていたが、そのクラブで、ひとりのサッカー選手として求めてきたサッカー観、自分のプレースタイルが合致する監督に出会えたことで、その使命感はさらに増している。

 

現在29歳。「もっと早く出会いたかった」という思いも十分に理解できる。だが、視点を変えてみると、プロサッカー選手として積み重ねた経験値、練磨してきた技術やフィジカルをバランス良く発揮できる、最も脂の乗っている時期に、理想のサッカーの「心臓部」として指揮官に貢献できる巡り合わせもまた、最良の縁だと言えるのではないだろうか。

 

奇跡的にそろった理想の環境下で、今後どれだけ才能が引き出されていくのか。お楽しみはこれからだ。