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2020.11.22

緑の十八番 奈良輪雄太選手編

マッチデイプログラム企画『緑の十八番』

奈良輪雄太 選手

文=上岡真里江(フリーライター)

 

「背伸びはしないように」を信念とする奈良輪雄太が、サッカーの世界で生き残るために初めて自らにシビアな問いかけをしたのは、まだランドセルを卒業して間もない中学生の頃だった。

 

「周りの選手と比べて、自分が秀でているものは何か?」

 

小学生時代、地元・横浜市の小さな町クラブで敵なしの存在だった奈良輪は、自信を胸に名門・横浜F・マリノスのジュニアユースの門を叩いた。しかし、チームメイトたちのあまりのレベルの高さに「軽いカルチャーショックを受けた」という。

 

その中で、「自分の存在意義を見せられるとしたら……」。早くも直面した危機感の中で、奈良輪少年が導き出した答えは『運動量』だった。

 

「唯一、負けてないと思ったのが体力や走ることでした。それをさらに磨いていけば生き抜いていけるのかなと、中学生ながらに感じたんだと思います」

 

早々に『持久力』を専売特許にしていくことを決めると、もう立ち止まることはなかった。どうすればスタミナに磨きをかけることができるのか。関連した本を読むなどして、やれること、やるべきことを必死に考えた。

 

その中で、「中学生の時期が一番、有酸素能力が高まる時期」だということを知った。そこで、マリノスのアカデミーとは別に、通っていた中学校でも陸上部に入部し、「毎日3~4キロ走ってからサッカーの練習に向かうこと」を自らのルールとし、3年間しっかりと続けた。

 

「サッカーに限らず、『これだけはやる』というルールを設けて、それを全うする」。ある意味で“成功のための秘訣”とも言えるその性格は、この頃からすでに備わっていた。高校時代も、持久力アップを意識したトレーニングをしっかりと続けた。

 

残念ながら、マリノスユースからトップチームへの昇格は果たせなかったが、逆に筑波大学への進学で、磨き続けた武器が決して間違いではなかったという確信が持てたのも事実だ。

 

大学では本格的に身体能力について勉強した。「遺伝的なものなのか、たぶん人間は、瞬発力系タイプか持久力系タイプのどちらかに分かれると思う。アフリカの選手の身体能力と日本人の身体能力が違うのは、どう考えても遺伝子や血、人種といった、努力などでは決して埋められない部分のところだと思っています。同じ日本人の中でも、速筋が発達しやすい人は瞬発力系で、遅筋が発達しやすい人は持久力系。自分はどちらかと言うと後者なのかなと、なんとなく思っていましたが、大学で学んだことではっきりと再認識しました」

 

奈良輪は『サッカーの基本=運動量』だと考えている。自分がサッカー選手であり続けるために、最も不可欠な要素が強みであることは、大きな自信になった。そして、今も絶対のプライドを持っている。

 

「サッカーの戦術などは、その時々によってそれなりに変わっていきますが、『走る』ことは不変なので、そこをベースにしなければいけないと思っています。その上で自分は、『ここだけは譲れない』という気持ちでやっています」

 

持久力を高めようと取り組んできたことで、「精神的な部分も強くなった」と感じている。

 

「走るトレーニングなどで、周りの人から『キツくなさそう』、『キツくないの?』とよく言われるのですが、キツいに決まっている。ただ自分は人よりも我慢できるから、人よりも走れているんだと思う。普段の練習も試合も、『あ、キツいな』と思うのはみんな一律。そこを我慢できているだけなんです。“スタミナ”って、本当にその繰り返しだと思う。自分のことだけは誤魔化せない。どうせ頑張るのなら、中途半端に頑張らないで、一生懸命頑張ろうと思ってやっています」

 

サイドバックの選手として、チャンスがあれば一気に前線まで駆け上がって攻撃に絡む。カウンターを受ければ、誰よりも早く最終ラインに戻り、ピンチの芽を摘む。仲間のカバーにも労を惜しまない。高く評価されている“献身性”も、持久力と強い精神力があってのものだろう。

 

奈良輪は以前から、『心・技・体』のバランスを非常に大切にしてきた。そしてキャリアを重ねれば重ねるほど、その3つのうち「“心”が一番大事」だと強く感じるようになった。

 

今年の初めにこんな出来事があった。毎年、チームが始動してすぐにフィジカルテストが行われるのだが、奈良輪はその中で『12分間走』を最も得意としていた。「今までどのクラブにいても、そこだけは負けなかったし、譲れない部分だと思っていました。でも今年、初めて若い選手に負けてしまったんです。試合に負けるのと同じくらいショックでしたし、『あ、もう引退だな』と思ったほどでした」

 

折れかけた心をどうにか保ち続けていられるのは、ヴェルディに来て永井秀樹監督と出会ったからかもしれない。

 

「選手として『もう成長できないな』と思ったら、僕は辞めるべきだと思っています。正直、年齢的にも体力の低下は否めないし、今から体力や持久力を上げていくのは無理だと思う。でも永井さんと出会ってから、技術や頭脳に関しては年齢と関係なく、この先もどんどん向上できると強く実感できました。それが今もサッカーを続けていられる唯一の心の支えになっています」

 

思い返すと、2018年に湘南から東京ヴェルディへの移籍を決めた一番の動機は、「技術的に上手い選手が多いクラブで、その選手たちと一緒にサッカーができれば、自分ももっと成長できるのではないか」というものだった。

 

『心・技・体』のうち『心』と『体』、精神力と運動量は誰にも負けない自信があった。だからこそ最後の『技』、つまりテクニックの向上を求めた。今は技術面の成長を実感できているし、さらなるモチベーションにもなっている。

 

決して背伸びはしないが、飽くなき向上心に満ち溢れている。プロサッカー選手としての自分の姿を客観的に見られるドライさ、現実を受け入れた上で前向きに捉えられるポジティブさも持っている。その芯の強さの源は、ハイレベルに整った『心・技・体』のバランスに他ならない。

 

その上で、奈良輪は「やっぱり『サッカーが好き』『サッカーが上手くなりたい』という心の部分が大事」だと強調する。「プロサッカー選手をやっている以上、来年のことは分からない。そう考えると、大事なのは本当に“その瞬間”です。今を大事にすれば、たとえ上手くいかなくても、その先で後悔することはないと思うので」

 

誰よりも自分に厳しく、正直に……。これからのサッカーキャリアも人生も、一瞬一瞬をシビアに大切に歩み続けていく。